パエジナストーン Paesina Stone 1868
パエジナストーン Paesina Stone
パエジナストーンは、イタリア・フィレンツェ近郊で産出する石灰岩の一種です。
Paesina とはイタリア語で「風景」を意味し、人の手によらず、地質学的な過程のみで風景のような図像が生じる点に、この石の本質があります。
切断・研磨された断面には、褐色から灰色、青みを帯びた線や割れが複雑に重なり、廃墟や都市の遠景、乾いた大地や空を思わせる像が自然に立ち現れます。
そのため、この石は古くから「ルイン・マーブル(廃墟大理石)」とも呼ばれてきました。
近代以前、化石や奇石、風景石は、単なる自然物としてではなく、「自然の戯れ(lusus naturae)」として、世界の秩序や神意を映し出す存在として理解されてきました。
自然界は神が記した徴であると考えられ、石の内部に現れる像や規則性は、創造の痕跡、あるいは自然に内在する意思のあらわれとして受け取られていました。
パエジナストーンもまた、偶然の産物というより、自然そのものが描いた風景として鑑賞されてきた石のひとつです。
16世紀以降、この石はフィレンツェを中心とした蒐集文化のなかで特別な位置を占めるようになります。
とりわけメディチ家の時代には、家具や建築装飾、蒐集室に用いられ、自然と人為、秩序と偶然の関係を示す素材として扱われました。
石象嵌(コメッソ)と親和性の高いこの石は、装飾材であると同時に、自然の力そのものを可視化する媒体でした。
近代に入り、神学的な自然観が後景化すると、パエジナストーンは別の視点から再び注目されます。
20世紀初頭に登場したシュルレアリスムは、理性や象徴体系によって抑圧されてきた無意識や偶然性に価値を見出し、自然物のなかに潜むイメージの自律性に強い関心を寄せました。
アンドレ・ブルトンや、ロジェ・カイヨワは、自然物の内部に現れる像や模倣に強い関心を示し、自然が自らイメージを生み出すという感覚を重視しました。
マックス・エルンストらのシュルレアリストが描く遠景の図像や、パウル・クレーの描く線と色彩にも類似する匂いが感じられます。
日本においても、澁澤龍彦のように、博物学や幻想、蒐集文化の周縁に惹かれた文人が、この種の石に関心を寄せていました。
彼らに共通するのは、そこに明確な象徴や寓意を読み取ろうとする態度ではありません。
むしろ、像が確定する前の不安定な状態、見る者の知覚によって風景が生成される瞬間そのものに価値を見出す姿勢です。
パエジナストーンは、自然が描いた絵画であると同時に、決して完成しない風景でもあります。
視線の置き方や切り取り方によって、荒野にも海にも、建築にも地層にも転じるその在り方は、意味を固定しないまま鑑賞者のインスピレーションを掻き立て、幻想の世界へ静かに誘ってくれます。
77x38x6 mm
Florence, Italy
no1868
パエジナストーン Paesina Stone 1868
パエジナストーン Paesina Stone
パエジナストーンは、イタリア・フィレンツェ近郊で産出する石灰岩の一種です。
Paesina とはイタリア語で「風景」を意味し、人の手によらず、地質学的な過程のみで風景のような図像が生じる点に、この石の本質があります。
切断・研磨された断面には、褐色から灰色、青みを帯びた線や割れが複雑に重なり、廃墟や都市の遠景、乾いた大地や空を思わせる像が自然に立ち現れます。
そのため、この石は古くから「ルイン・マーブル(廃墟大理石)」とも呼ばれてきました。
近代以前、化石や奇石、風景石は、単なる自然物としてではなく、「自然の戯れ(lusus naturae)」として、世界の秩序や神意を映し出す存在として理解されてきました。
自然界は神が記した徴であると考えられ、石の内部に現れる像や規則性は、創造の痕跡、あるいは自然に内在する意思のあらわれとして受け取られていました。
パエジナストーンもまた、偶然の産物というより、自然そのものが描いた風景として鑑賞されてきた石のひとつです。
16世紀以降、この石はフィレンツェを中心とした蒐集文化のなかで特別な位置を占めるようになります。
とりわけメディチ家の時代には、家具や建築装飾、蒐集室に用いられ、自然と人為、秩序と偶然の関係を示す素材として扱われました。
石象嵌(コメッソ)と親和性の高いこの石は、装飾材であると同時に、自然の力そのものを可視化する媒体でした。
近代に入り、神学的な自然観が後景化すると、パエジナストーンは別の視点から再び注目されます。
20世紀初頭に登場したシュルレアリスムは、理性や象徴体系によって抑圧されてきた無意識や偶然性に価値を見出し、自然物のなかに潜むイメージの自律性に強い関心を寄せました。
アンドレ・ブルトンや、ロジェ・カイヨワは、自然物の内部に現れる像や模倣に強い関心を示し、自然が自らイメージを生み出すという感覚を重視しました。
マックス・エルンストらのシュルレアリストが描く遠景の図像や、パウル・クレーの描く線と色彩にも類似する匂いが感じられます。
日本においても、澁澤龍彦のように、博物学や幻想、蒐集文化の周縁に惹かれた文人が、この種の石に関心を寄せていました。
彼らに共通するのは、そこに明確な象徴や寓意を読み取ろうとする態度ではありません。
むしろ、像が確定する前の不安定な状態、見る者の知覚によって風景が生成される瞬間そのものに価値を見出す姿勢です。
パエジナストーンは、自然が描いた絵画であると同時に、決して完成しない風景でもあります。
視線の置き方や切り取り方によって、荒野にも海にも、建築にも地層にも転じるその在り方は、意味を固定しないまま鑑賞者のインスピレーションを掻き立て、幻想の世界へ静かに誘ってくれます。
77x38x6 mm
Florence, Italy
no1868







